暗い店だったので写りが甘いですが携帯画像だとこんなもん
でしょう。
先日、退職したHさんの送別会第二弾の二次会風景です。
名残惜しそうに共に働いたメンバーが集まりました。
この結束の強さがチームとしての力になっているんだねえ。
最近、街の商店が減ってきていますよね。
魚屋さん、八百屋さんなどが大手のスーパーマーケットに取って
代わられ個人で商店を経営していた人たちはどこへ行ってしまう
のでしょうか?
私の子供頃は近所にそういった商店がまだいくつも残っていて、
駅前のスーパーマーケットもあったけれど近所で事足りることも
ありました。
何しろコンビニがまだ珍しくて、24時間営業が始まっていません
でしたから。
便利さと引き換えに失われたものもいくつかあります。
食の安全、街の治安、町並みの景観、生活者同士のつながり、
人情、、、。
そして、商店で店主のおじさんやおばさんが一所懸命に働く姿を
体験r的に学ぶ機会が失われてしまったのではないでしょうか?
働くことへあこがれを持つ機会とともに、、、。
魚屋さんがしゃがれた声で時に面白く通行人とやり取りしながら、
魚を売りさばく光景をそういえばあまり最近見かけませんよね。
自分の店を守るために、もう少し極端に言えば「食うために」必死に
働いているのです。
働くとはどういうことか?
働くことが格好悪いとか、勉強する意味がわからないとか言って
親のスネをかじる無気力な奴らのことをニート名づけたことにも
問題があるが、社会の構造的には魚屋のおっさんが働く姿を
体験的に見る機会が減っていることも遠因かもしれないと
考えてしまいました。
そういえば、書きながら思い出したけど、子供の頃夕方になると
豆腐屋のおっちゃんが「プーパー」とラッパを吹きながら自転車で
やってきて、なべやボールを持たされて買いに行かされたっけなあ。
冬なんか寒くって、買いに行かされるのがイヤだったけど、
冷たい水に中に手を突っ込んで豆腐をすくうおっちゃんの手が
すごく冷たそうだったことをよく憶えている。
それで一丁の値段が確か50円かそこらだったよなあ。
この話題も先週の新聞社の方とお会いした時に紹介してくれた社長が
話していたことです。
会社を経営しながら子供を育てている彼女ならではの視点に
「なるほどなあ」と感心しました。
気付きをありがとう。
うちの子供にももっと体験させよう。
世の中のこと。
働くってこと。
学ぶってこと。
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